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2006.06.24 (Sat)

≪『DEATH NOTE』映画版感想2≫原作と映画のライトの策の比較・考察

原作と映画でのライトの策の違いを比較・考察してみました。

考察は4つ。

・バスジャック事件
・FBI殺害
・ライト宅監視
・南空ナオミ殺害


原作ではデスノートの評判を一気に押し上げたこれらの策を映画ではどのように再現したのでしょうか?




【More・・・】

≪考察1≫バスジャック事件

【原作・映画共通点】

<目的>
自分を尾行している人物(レイ・ペンバーorレイ・イワマツ)の名前を入手する

<計画>
・ノートを使って犯罪者を操り、拳銃を持たせてライトたちが乗ったバスをジャックさせる。
・ライトは自分が犯人を取り押さえるといって、後ろに座っているレイに自分が犯人を取り抑えるように仕向ける。その際にレイへの不信感を口にし、レイが信用してもらうために自分の身分証明書をライトに見せるように仕向ける。
・用済みのバスジャック犯を始末するため、ライトはデスノートの切れ端を犯人にわかるようにわざと落とし、リュークの姿をみえるようにする。この際ライトが撃たれることは絶対にない。さらに犯人は麻薬常習者であるため他の人間は幻覚を見ているとしか思わない。
・その後犯人は幻覚を見て銃を全弾発射、弾切れになり逃げようとしてバスを降りたところを車に偶然はねられたように見せかけて殺害。
・警察にはバスに乗車していたことを知られたくないライトたち・レイはバスから立ち去る。

<デメリット>
南空ナオミにレイがバス車内でIDを見せたことを知られる。



【相違点】
・原作では遊園地に行くところだったが、映画ではバスに乗った目的は不明。
・バスにミサのペイントがされている。
・原作ではライトはレイに気づかない振りをしていたが映画ではレイが自分を尾行していると迫った。
・同乗者がユリから詩織に変更。
・バスジャックの要求先が遊園地からバス運行会社に変更。
・犯人の拳銃の弾数が6発から8発に変更。
・原作ではライトが落とした紙はユリとのデートのメモだったが、映画では犯人を取り押さえる内容のメモになっている。そのため原作ではライトは犯人に見逃されるが、映画では拳銃を突きつけられる。
・原作ではこの後ユリと予定通り遊園地に行くが、映画ではショックを受けた詩織をタクシーで病院へ運んでいく。
・原作ではバスの運転手はライトのことを覚えていなかったが、映画ではライトのことを良く覚えていた。



【考察】

 全体的には同じですが違いが2点。
 1つはライトが思いっきり目立っていること。これは原作ライトが1%の疑いもかからないように慎重に行動していたのと違い、人前で平気でノート出したり詩織を部屋に無防備に入れたりと、映画のライトは慎重さのない行動を取っていることの一環といえます。犯罪者が死んだ現場で尾行者と接触していたなんて容疑が一気にかかるリスクを全く気にしていません。まあただ単純にライトをかっこよく見せたかっただけかもしれませんが。

 2つ目は詩織が弱い女性になったこと。「こういうときは女の方が強い」ということをわざわざ変更したことはどういう意味があるのでしょう?このあたりの映画作者の思想については別記事で考察したいと考えています
 とにかく、このあたりから詩織は映画前の「ライトが心を許した唯一の女性」「クレバー」といった(精神的に)ライトと対等の関係から一般的なヒロイン像に急落してしまった感があります。

 その他の変更点については遊園地は時間の都合上カット、弾数が増えたのは演出上の都合でしょうか?ミサは今後への伏線でしょうか?ただ、この時点でのミサの知名度が原作よりかなり高くなりました。



≪考察2≫FBI殺害

【原作・映画共通点】

<目的>
自分を尾行するFBIメンバーを殺害する

<計画>
・ノートを使ってレイを呼び出し、脅迫する。連絡はトランシーバーで行う。
・レイが電車に乗ったところで、デスノートのページが入った封筒を持たせ、レイにFBIの名前が入ったデータファイルを持たせ、全員の名前を書かせて殺す。
・用済みのレイは電車から降りた3秒後に死亡、その後ライトが封筒を回収。

<デメリット>
Lに容疑者として疑われる。



【相違点】
・デスノートで操ってレイを呼び出したのは、原作では新宿地下街であるが、映画では電車に乗らせて封筒を手に取らせるまで
・ライトがレイにキラであることを信用させるために殺した犯罪者はカフェの従業員であったが、映画ではレイの隣の乗客。原作ではカモフラージュ用に他にも22人殺しているが映画では不明。
・原作では乗った電車は山手線であるが映画では地下鉄。
・原作ではノートに『ノートパソコンを持って』、映画では『すべての予定をキャンセルし』と詳しく条件が書き込まれている。
・映画ではパソコンの通信手段が無線LANになっている(おそらく原作では携帯)
・原作ではライトは話術でレイにファイルを持たせたが、映画版ではレイの指揮官の名前をノートに書かせ、(おそらく)操って全員にファイルを持たせた。
・映画では南空ナオミがレイを追って電車に乗っていた。ナオミがレイに駆け寄ったところをライトは目撃していた。



【考察】

 デスノートに頼りまくるライトの図。デスノートを過信して何でもデスノートで解決しようとした第2部のライトのようです。正直これは穴が多いなあ。
 このレイの名前を知り、殺すという一連の計画のポイントは“できるだけ自分に疑いのかからない状況で、それでいてキラだとわかる殺し方をする”ということです。
 なぜならば、既にライトはLが警察関係者を疑うように仕向けてあったのですから、その状況でFBIが殺されれば当然尾行されていた人間が第一の容疑者となるからです。ライトはLをなめていません。むしろ最大限に評価しています。そしてその上で負けず嫌いな性格ゆえに強気にLを挑発するのがライトなのです。それに下手にキラだとわからないように他の殺し方をすればLにキラは心臓麻痺以外でも人が殺せると教えることになる危険性もあることです。
 このあたりのことを映画のライト、というよりもスタッフは理解できていたのでしょうか?
 
 まず、レイの呼び出し方。結婚式の打ち合わせをキャンセルして何の目的もなく地下鉄に乗って置いてあった封筒の中身を見るなんて考えもしないことになるんじゃない?それ言ったら原作のほうも少々無理があるかもしれませんがこれはどうなんでしょう。
 さらにこれではライトが封筒を置いているところを目撃される危険性がありますが、これはレイが封筒を持っているところを目撃されるよりも確実に危険度が高いです。

 また、FBIの中の誰にキラは接触したのかという偽装工作が全く機能していません
 まず、脅迫も電車の中で行われたため、レイの隣に座っていた人物がキラに殺されたという重大な証拠を残すこととなってしまいました。

 さらに、原作では話術でレイとFBI長官の間に捜査官を1人挟み、他の捜査官もノートで操ってランダムにファイルを取得させましたが、映画ではレイの指揮官を(おそらく)操って日本に入った捜査官全員にファイルを一斉送信させたのだと思います。これでもいいようにも思えますが(これも思いつきもしないことになるかもしれませんが)、これだとほとんどの捜査官がファイルを開く前に死んでしまうことになってしまいます。

 後最大の落ち度は南空ナオミに目撃されていたかもしれないのに、彼女がライトの前に現れるまで完璧に忘れていたこと。これは…、もういいよ。

 それからライトがLに送ったメッセージ(えるしつてるか)の意味が完全になくなっています。原作ではLの目をそらすための陽動でしたが映画では特に意味はなし。むしろレイにりんごを目撃されているのにこんなメッセージ送るなんて何を考えているのでしょう?

 まあライトのレベルに合わせてLの頭も悪くなっているのでこれらの事実には全く触れずに電車の中を見ていたというだけでキラ容疑者はレイが尾行していた人物に断定してしまいました。それまではウンチク語って頭良さそうに見せていたのでここでは直感に頼る、なんかLの人物像が定まっていません。
 初登場シーンなんか苗字しか言っていないのに「私がキラならあなたたち死んでましたよ。」なんて…。(ちなみに原作では警察手帳を出していたので問題無し。)


≪考察3≫ライト監視

【原作・映画共通点】

<目的>
自宅に監視カメラと盗聴器を仕掛けてきたLに証拠をつかまれないようにする。

<計画>
・ポテトチップの袋に入れた液晶テレビとノートの切れ端を使って容疑者の情報を得ていないのに容疑者が死んだように見せかけてLを欺く。
・監視カメラはリュークに探させる。


<デメリット>
Lに証拠はつかまれなかったもののさらに怪しまれる。



【相違点】
・ライトの部屋の入り口のトラップが、「ドアに挟んだ紙」「わざと下げたドアノブ」「ちょうつがいに挟んだシャープペンの芯」の3つから「ちょうつがいに挟んだシャープペンの芯」だけになっていた。
・食事のシーンはほとんどカット。
・ライトが裁いたのは凶悪犯に変更。
・ライトはリュークにすぐにりんごを買ってあげた。
・監視は1日で打ち切られた。
・液晶テレビをごみに捨てなかった。



【考察】

 誰もが思ったことでしょう。テレビがライトの背中で隠れていません。何たるイージーミス。
 さらに結局捜査員みんな夜神家の映像見てるし。女性の佐波刑事がここで何か活躍するのかと思ったけど完全に空気。

 さらに変更理由のほとんどが監視を早期に打ち切るための変更となっています。

 ただ、最後のシーンは明らかに変です
 この「コンソメ味は僕しか食べない」というシーン、普通に見れば次の日の朝に思えますが、それはありえません。なぜならリュークがカメラが外れていること(盗聴器は確認していない)を確認していたからです。
 確かにLは監視カメラと盗聴器を取り外すといいましたが、遠隔操作で外せるわけもなく、まさか徹夜で勉強しているライトの前でカメラを外せるわけもないのでこのシーンは次の日の夕方以降ということになります。
 と、なるとライトはLの部下が入るのがわかっていて例のポテチの袋をずっと放置していたということになります。どこまで間抜けなんだろう。ラストでLがちゃんとそのことに気付いているとアピールしていたのは良かったです。

 さらに言うと、ドアのトラップも1つになってしまったため、家族が入ったのか第3者が入ったのか識別できなくなってしまっています。




≪考察4≫南空ナオミ殺害

ここはオリジナルのため比較なし。




<目的>
自分をキラだと疑う南空ナオミを始末し、さらにそれを利用して捜査本部に入り込む。

<ノートに書かれた内容(うろ覚え)>

【南空ナオミ 自殺】
恋人がバスの中でIDを見せた人物に殺されたと考え、その証拠をつかむために、第三者にそのことを捜査本部の人間に確認させ、美術館でその人物の恋人を脅し、自白させようとするが人質に逃げられ阻止しようとするが拳銃で自殺。

【秋野詩織 第3者による殺人】
美術館で起こった拉致事件に巻き込まれ人質にされる。警察が駆けつけた隙を突いて逃げるものの、犯人の放った威嚇射撃から恋人を守るために弾丸に当たり死亡。




<計画のポイント>
・ナオミがライトの前に現れ、ライトにとって致命的な情報を知っていること・偽名を使っていることを知り、殺害を決める。
・さらにLに近づくために捜査本部に入るためにもこの事件を利用しようと考えた。
・ナオミの名前は、ナオミがレイの婚約者だと知ったため、以前レイを殺したときに持っていた教会のパンフから結婚式の名簿を見て入手した。
・詩織を自分の目の前で殺させることで自分に対する疑いを晴らす目的もある。
・ノートのルール上ナオミをノートで操って詩織を殺させることはできないので2人をノートで操ることでナオミが詩織を殺すことに成功した。



【考察】

 今回の映画の目玉とも言える映画オリジナルトリック。レイの時と違ってライトが懇切丁寧に説明してくれています。周りに警官がたくさんいるというのに。
 
 このケースは原作でテルの母親と同級生が死亡した事故(page.84『偶然』・10巻収録)を思い出しました。。この事件はテルがライト以前のキラでデスノートによるものであったという説があったからです。(蒼い髪と黒いノートと黄色いドロボウ様で生まれた説)

 この策について疑問に思ったのは
・他人を巻き込む死に方に当たるのではないか?
・元FBI捜査官のナオミが無関係の詩織を巻き込むなんてことを考え付くのか?

ぐらいで特に大きな穴はなく、本当に今までの策を考えた人間と同じ人間が作った策なのかと疑いたくなるほどです。

 ただ、やはり疑問点がいくつか。

 監視カメラで音声まで拾えるのか、とかライトがペンを出したのは視聴者へのブラフでないか、とかはどうでもいいです。

 まず、ナオミはなぜ間木照子と名乗ってライトに会い、偽名を使っていることまで教える必要があったのか?
 バスの運転手もライトとレイが同乗していた事を覚えていたのですから原作同様Lにライトがレイの名前を入手していたこと、キラは心臓麻痺以外でも人を殺せることを教えればライトは終わっていました。

 さらにライトはあらかじめナオミの名前を入手していたというサプライズですが、これも良く考えると変です。

 まず、ライトはレイを殺害した際にナオミに気付いていながら(顔を見られたかもしれないのに)ナオミが自分の前に現れるまで彼女の存在を忘れていました。

 ですからライトはナオミが偽名を使っていること・レイの婚約者であることを知ってから、レイを殺したときにナオミが結婚式のパンフを持っていて、それがどの教会なのかも覚えていたということになります。そんなことがありえるのでしょうか?

 ちなみに、ライトはレイを殺した後すぐに教会に行ってナオミの名前を入手していた可能性はありえません。
 何故なら、ナオミがレイの婚約者であったことを知った後で間木照子の名前を書くことはありえないからです。それにナオミの持っていたパンフの教会の結婚式の予定の中にレイの名前があれば南空ナオミが誰であるかはすぐにわかるからです。

 


≪おまけ考察≫ライトが黒くなるまで

【原作】

<最初(page.1『退屈』)>
「さすがに夜はうなされて眠れないしこの五日で4キロ痩せたよ。」
「僕は日本一といってもいいくらいのまじめな優等生だよ。」
「僕は新世界の神になる」

<L宣戦布告(page.2『L』)>
「神に逆らうもの!それこそが悪だ!」

<レイ殺害時(page.9『穴』)>
(レイを見下して)「さよならレイ=ペンバー」

<南空ナオミ殺害(page.13『秒読』)>
(この女がどんな死に方をするのか観てみたいものだが)
(さあ1時15分だ、死に急げ!!)

<監視(page.18『視線』)>
「液晶テレビでは音声がなかったため罪の軽いものを裁いてしまった」
「情報を得ていてもいなくても罪の軽いものを殺せば…」

<ミサ登場>
「ミサ(の死神の目)を利用してLを殺し、利用し終わったら殺す」

<記憶を取り戻してから(page.55『創造』)>
(神はルールを創造するものだ。)
(L、おまえは神に逆らった罪で死ぬんだ。)



【映画】
・新世界の神になるとは言ってない。
・リンド・L・テイラーを殺すときは「もっとゲームを楽しみたかった」。
・総一郎の「人の命をまるでゲームを楽しむように…、絶対に許せん!」がカット。
詩織を殺害



【考察】

 原作では家族などの親しい人間(高田は利用していただけ)は殺しませんでしたが、徐々にライトが黒くなっていく姿を描いていたので違和感は全くありませんでした。それに対し映画ライトは最後まではそのような気配はなく、そのために詩織をライトが殺したという衝撃が大きくなるように計算されていたようです。
 それ以外では「もっとゲームを楽しみたかった」だけが浮いている印象。この発言だけ純粋に犯罪者を裁いているライトの印象を崩しています。その他のライト=悪の描写はカットされているというのに。総一郎なんてキラを非難する発言がほとんどカットされています。この辺は監督の中のライト像にそぐわないからでしょうか?
 このあたりの映画作者の思想については別記事で考察したいと考えています


でも私は詩織は死ぬ・ライトに殺されると確信していたから驚かなかったけどね。


以上。



ちなみに原作での策は1~3巻までに収録。


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