思い通りにならないのが世の中なんて割り切りたくないから
少し自分の考えでも綴っていこうかな、と思っています。
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批判する技術 
2008/05/05 [Mon] 17:38:44 » E d i t
侏儒の言葉・文芸的な、余りに文芸的な (岩波文庫)侏儒の言葉・文芸的な、余りに文芸的な (岩波文庫)
(2003/02)
芥川 竜之介

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読んだの高校生の時なんで記憶が曖昧なのだけど、芥川龍之介の『侏儒の言葉』の中に3つの批判する方法が紹介されてたんだよね。
ちなみに、『侏儒の言葉』はA・ビアスの『悪魔の辞典』と並んで好きな本だったりする。

その3つとは『全面否定法』と『半肯定法』、それから『木に寄って魚を得る法』だったかな?

『全面否定法』っていうのは文字通り、相手を頭ごなしに批判する方法。
例えば「あのときのお前の言い方はない、もっとましな言い方はできないのか!」とかね。
まー、言っているほうは感情に任せて言いたい放題言っているわけですから気分は良い。ただし、コントロールの仕方が難しく、リスクも高い。
よほどうまく言うか、うまくフォローをしないとかなりきつくなってしまいますし、コントロールがきかずに(せずに)暴言レベルに達してしまうのもよくある話です。
そうなると、批判した相手から苦手とか怖い、少なくともあまり関わりたくない人と思われるのは間違いないでしょうし、直接批判した相手以外の周りにいた人や、話を聞いた人からもそう思われることも少なくないでしょう。
場合によっては批判した自分のほうが「痛い奴」認定されることも覚悟しておかなければいけません。

『半肯定法』とは、要するに『持ち上げて落とす』と言う奴です。
はじめに、相手のことを褒めたり、親密さをアピールした後に、批判や苦言を呈します。
例えば、「若いのに堂々とした発言ですばらしかったねえ。でも、社内でうまくやっていきたいのだったらもう少し目上の人間を立てた方がいいよ。」みたいな奴ですね。
国語の授業で一回は言われますよね。「重要なのは逆接の後。筆者の言いたいことは逆接の後に来る。その前の文章はどうでも良い。」って。でも人間の心理って奴は不思議なもので、同じことを言われていても最初に褒められたりすると、それで相手に親密感を持ったり、味方だという認識が働くからその後少しきついことを言われても反発しないのですよね。
そうなると、言いたいことを言いつつ、事を荒立てなくて済むし、大喧嘩になる可能性も少ないので大人の対応法だと言えます。それに、この方法は正面から注意しても全く受け入れようとしない人や、逆ギレするような人にも有効です。こういう敵味方分ける人間の方が効果的かもしれません。

つまりは、ここで重要なのはいかにも相手に親密だと思わせ、あくまで相手のために言ってあげてるんだよ、という空気を作り出すことですね。

ちなみに、これに『褒めているように見えて実は褒めていない』を組み合わせる高等テクニックも存在します。
例えば、「とてもユニークで気味みたいな発言する人は初めて見たよ。でも、実力が伴ってないね。」みたいなのかな?うまく例え作れないけど。
要するに、持ち上げる部分ですら持ち上げず、実は批判しているのにも関わらず持ち上げているように聞こえる、と言う奴ですね。ただし、これは使い方を誤るとものすごい皮肉に聞こえるので要注意です。

で、最後の『木に寄って魚を得る法』ですが、これは漢文なんかに良く出てくる『関係ないような例え話とかを使って相手に言いたいことを伝える』という話法です。例えば『漁夫の利』とか。
王様とか、表立って反対意見を述べられない相手に対してそれとなく自分の言いたいことを伝える方法ですね。ただし、これも使い方を誤ればものすごく嫌味になる上、相手の理解力を推し量って話を作らないと伝わらないので加減が難しいです。

簡単なのは、例えば、万引きをした人に「人のものを盗むって良くないですよね。」とかいう奴ですね。あくまで一般論を言っているのにも拘らず、相手にとっては暗に批判されているように聞こえる。でも、一見正論だから反論はできない。事情を知らない人間は批判していることにすら気づかない。
個人的にはこの方法が一番好きです。


まあ、要するに、他人を批判すると言うのはリスクが高い行為です。喧嘩せず、我慢して敵を不必要に作らないようにすることも社会生活を送る上で重要なことですし、成功するにも必要不可欠です。
歴史上でも、旧時代を壊した人間、例えば織田信長などは、そこら中に敵を作りまくったため、頂点を極めても敵が多すぎて天下が長続きすることはありません。その代わり、徳川家康のように敵を作らずに来た人間が新しい時代を築きます。
よく「旧時代を壊す人間と新時代を築く人間は違う」と言われますが、この辺りも絡んでるんではないかと思います。

ほぼ日刊イトイ新聞で『大人の小論文教室』を連載しているズーニー山田さんの『あなたの話はなぜ「通じない」のか』の中にも「何を言うのか以上に誰が、何というのかの方が重要」みたいなことを言ってましたし。
実際、いくら正論でもそれをいうのがいつも問題を起こしているようなPLでは受け入れてもらえるはずがありません。
つまりは相手を批判するならば時と場合と方法を選びましょうと言う話です。

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2006/09/25 [Mon] 01:30:20 » E d i t
結構前にゴルゴ31様で紹介されていましたが、子供をきちんと叱る(怒るにあらず)のはかなり難しいです。


叱る時、やってはいけない10か条(AllAbout)


ここで書かれていることは子供に限らず上司が部下を叱る時とか色々応用できそうです。でも私は子供いないし、部下持てるほど偉くないからブログに応用するよ。

というわけで今日は批判する文章を書くときの話。
特にジャンプ感想。

ジャンプ感想で批判的な内容を書く時に、やってはいけない重要なポイントがあります。場合によっては、取り返しのつかないことになるケースもあります。ここに、上手な批判の仕方のポイントを「べからず集」の形でまとめてみました。


やってはいけない10か条!



感情的に批判してはいけません。

感情的に批判しないためには、時間を置いて、頭の中で内容を整理してから、記事を書くといいでしょう。感情的に記事を書いてばかりいると読者からひかれる場合があります。


話をよく読まずに、批判してはいけません。
ある作者が嫌いで、その人の新作を読みもせずに批判するのはもちろんいけませんが、話を最後まで読まずに勝手に解釈して批判してしまう人も多いのではないでしょうか。これに限らず、文章を最後まで読まずに批判してはいけません。まず、冷静に、作品を読んであげましょう。
でないと、「ちゃんと読んでから批判しろ」と言われてしまいます。

くどくどといつまでも批判してはいけません。
これでは、かえって書き手の意図が伝わりません。書き手の伝えたい内容は心に残らず、文句を言っているという印象だけが強く残ってしまいます。
最後には「ここの文章を読んでると気分が悪くなる」と巡回してもらえなってしまいます。

自分の都合で批判しはいけません。
「なんであの作品が生き残って、これが打ち切られるんだ?」と、八つ当りで批判してしまったことありませんか?後でその作品のファンの反撃にあったり、その作品が後で面白くなった時に後悔するだけです。

他のサイトと一緒になって批判することは避けましょう。
偶然他のサイトと同じことを書いていた、と言うことは避けられません。しかし、一緒に好きな作品を応援するのはいいですが、一緒になってある作品を集中攻撃するのは歯止めがきかなくなって危険です。

他の作品と比べて批判してはいけません。
「○○はちゃんとバランスをとった能力設定をしているのに」「××はもっと設定を上手に活かせていたのに」と、他の作品と比較してはいけません。何かの作品を基準に評価をするようになってしまいます。また、いつも同じ作品と比較していると、その作品の信者になってしまう場合もあるので気をつけましょう。

先週と今週で言うことを変えてはいけません。
一貫性を持って感想を書かないと、読者は不信感を抱きます。
「先週はこう書いていたじゃないか」とツッコまれてしまいます。

作者の人格を、作品批判に使ってはいけません。
「作者が○○だからつまらないんだ!」など作者の人格を理由に作品を批判する言葉は、作品内容には全く関係ないので絶対に使ってはいけません。

今の作品の内容に付け加えて、昔のことまで引っ張り出して批判するのもタブーです。
批判していると、その作者の過去の作品も思い出し、つい昔のことまで批判してしまう感想書きは多いようです。終わってしまったことを言っても意味が無い上に、読者がいやな思いをするだけです。

誹謗中傷はやめましょう。
批判を越えた暴言を書くことによって、自分の意図が伝わりにくいだけでなく、読者の気分を害します。さらに、そのことから読者が減ったり、また、炎上する場合もあります。


いかがでしょうか。皆さんの感想の書き方で、思い当たる点はありませんか?「この10か条、全てを守ることなんて、できない」と思っていらっしゃる方、多いと思います。それで当然だと思います。理屈ではわかっていてもなかなかできないものです。

最初から、理想的な書き方ができている感想書きはいないと思います。一つでも、二つでもかまいませんから、できそうだなと思うことからやってみてください。感想書きも作者と一緒に成長していく」ぐらいの気持ちで、少しずつ実行して行きましょう。





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2006/09/09 [Sat] 00:05:55 » E d i t
あなたはあばら骨を折ったことがありますか?

私の周りでは腕や足を折った人はいるけどアバラは聞いたことがない。でもバトルマンガではよく折られます。例えば先週のジャンプではムヒョとロージーの魔法律事務所のヨイチが4、5本、斬の村山君は2〜3本アバラが折れました。なんでこんなにアバラが折れるのか?

1、特別な描写がいらない

腕や足と違ってアバラは折れても傍目からはわからない。だから骨が折れているように書く必要がないし、血を吐くほど痛々しくならない。
話がずれますが『ドラゴンボール』でヤムチャが天津飯に足を折られて変な方向に曲がっていたコマはかなりショックでした。
だから適度なダメージ描写としてアバラを折ることが最適なのです。


2、展開の足かせにならない

バトルで足が折れれば戦闘不能です。手だって武器が使えなくなるから格闘マンガ以外ではアウトです。そこから逆転させるのはかなり難しくなります。でもアバラならそういう制約はありません。
だから適度なダメージ描写としてアバラを折ることが最適なのです。


と、いうわけでこの攻撃はかなり強力なんだよといいたいときに「アバラが○本折れちまったぜ…」っていうのがちょうどいいんじゃないないでしょうか?


ちなみに、常識的に考えて、アバラが折れたら動くたびに激痛が走るだろうし、アバラが折れるほどの衝撃ならば内臓が無事なはずありませんし、折れた肋骨が肺にでも刺さったら致命傷になることは言うまでもありません。





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2006/07/30 [Sun] 21:59:17 » E d i t
 人が多く集まるサイト、つまりアクセス数の多いサイトというと、まず思い浮かぶのはYahooやgoogleなどの検索サイト、次には現実世界で大きな影響力を持つ官庁やテレビ局などのホームページ、オンラインバンキングやオンライントレード、旅行の予約などネット上で様々なサービスを提供している企業のホームページが考えられます。

 また、ネット上にしか存在しないにもかかわらず人が集まるサイトも存在します。例えば数百万人が利用するんが掲示板2ちゃんねるや100万人以上のアクセスがあるほぼ日刊イトイ新聞、そしてmixiに代表されるSNSなど、は何故日々多くの人が訪れるかを考えてみましょう。



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